オズボーンとコモドールの戦略
1981年に、コンピューター市場を徹底的に変えようとしたある企業家がいます。
その男はアダム・オズボーンです。
「私は今、1910年の自動車産業でのヘンリー・フォードの立場にいる。
フォードと同じようにわたしたちはこれから10億ドルをかき集めようとしているのだ」
・・・2年目の1982年には、新しいコンピューターは12万5000台を売り、約1億2500万ドルの収益をもたらしてオズボーンの戦略の正しさを証明しました。
この実績でオズボーンは彼が開拓したポータブルコンピューターと、1000ドルから2000ドルの価格で売られるコンピューターの両市場の占有率で優位にたつことができました。
彼はさらにすばらしい1983年に備えていたのです。
オズボーン、TIのいずれも、その目標とする市場で優位を得るために習熟曲線による値下げ戦略を用いてきました。
1983年はさらに劇的な価格切下げが行われるだろうと思われました。
しかし結局、その切下げは先手をとった見事な戦略というよりは絶望の末の思わざる値下げということになりました。